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2011/ 6/ 1 第54号 夜叉王の職人弁護士(1)

平成24年 2月29日(水):初稿
横浜弁護士会所属 大山滋郎弁護士作

 「弁護士という人たちは、納期意識がないなあー」と、企業法務で仕事をしているときから思っていました。期限までに書面を提出しなくてもへっちゃらなんですね。

 なんでこんなことになるのかといいますと、中には、単にさぼっているため納期を守れないという、困った弁護士もいます。しかし、書面一つ作るにしても、参考判例の選択、論理展開はもとより、句読点の打ち方一つまで、完全に納得できるまでは提出しないといった、頑固な職人気質の弁護士が相当数いるのです。

 夜叉王というのは、岡本綺堂の修善寺物語の主人公です。面作りの名人といわれている職人さんです。鎌倉幕府の二代将軍源頼家から、面を献上するように命じられたのですが、どうしても納得のいくものが作れない。こんな不出来な面を出せば、末代までの恥だと言って、納期が来ても面を献上しないのです。

 いつまでたっても出来ない面に腹を立てた頼家が、夜叉王を斬ろうとしたので、夜叉王の娘が無理やり面を献上してしまう。面を受け取った頼家は、その見事な出来映えに感嘆するわけです。そもそも夜叉王以外の人たちには、素晴らしい出来の面に見えるのですが、本人だけは納得がいかなかったんですね。

 夜叉王までいかなくても、多くの弁護士に、似たような職人気質があります。そして、多くの弁護士が、このような職人気質を、必ずしも悪いことだと思っていないようなのです。

 私の感覚では、「そんなこだわりなんて、お客さんは気にしていないんだから、納期を守って早く提出しろよ!」と思ってしまうんですね。

 私は、このニュースレターを2年以上続けていますので、「あまり面白く書けなかったなあ。」なんて思うときが何度もありました。それでも、納期は1回たりとも遅らせたことはないのです!まして仕事の納期は絶対に守ってきました。しかし、考えてみますと、「本当に良いものを作るんだ!」という職人魂がある人から見れば、私のように納期の方を優先するというのは、怪しからんことに見えるのかもしれません。

 数年前105歳で亡くなった織物作家に、山口伊太郎という方がいます。西陣織の名人というべき、大職人です。70近くになってから、西陣織で源氏物語絵巻を織りあげるという、凄い事業に取り組んだ人です。

 事業を始めるにあたり、20代の優秀な職人を自分の手足として使うことにするわけです。山口さんが100歳を超えるころには、かつての若手職人も60歳近くになっているんですね。その、職人さんが、試し織りをしたものを、山口伊太郎に見せるわけです。私はテレビで見たのですが、素晴らしい出来に見えます。

 ところが、山口さんは、60歳にもなるその職人を、小僧を叱るように、叱りつけるんです。そのときのセリフが凄い。「自分達は、千年後に残るものを、百年かけて作っているんだ。早くできればそれで良いなどと考えるな!」これを聞いたとき、なんだか理不尽だなあという気がした一方、その職人魂に圧倒されたのもまた事実なのです。弁護士の場合でも、「百年先まで残る判例を作るために頑張っているのに、納期のことなど言うな!」という心意気の人はいそうです。

 弁護士の職人魂の問題は奥が深いので、次回に続けたいと思います。

 
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 弁護士より一言

 「こんな不出来の面を献上できない!」と、荒れ狂う夜叉王を諌める、娘のセリフが良いんですね。

 「いかなる名人上手でも、細工の出来、不出来は時の運。一生のうちに一度でも、天晴れ名作ができようならば、それがすなわち名人ではござりませぬか。」「つたない細工を世に出したと、さほど無念とおぼしめさば、これからいよいよ精出して、世をも人をも驚かすほどの、立派な面を作りだし、恥をすすいでくださりませ。」私が仕事で行き詰ったときなど、娘がこんな風に親身に言ってくれたら、本当に素敵なことだと思えるのです!引き続きコメントを楽しみにしております。

 (2011年6月1日第54号)
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