令和 7年 7月 4日(金):初稿 |
○顧問先のマンション管理組合から滞納管理費の回収相談を受けていますが、財産としては対象のマンション居室しかないことが判明しています。そのマンション居室に競売申立をして、滞納管理費を回収できるか相談されています。しかし、区分建物所有法(マンション法)8条で「前条第1項に規定する債権(※滞納管理費を含む)は、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる。」と規定されており、滞納管理費は競落人に請求できるためマンション競売代金からは回収できません。マンション競落人は滞納管理費を債務引受し、その金額を差し引いた競売代金で競落しているからです。 ○マンションの競売については、マンション法第59条に次のように規定されています。 第59条(区分所有権の競売の請求) 第57条第1項に規定する場合において、第6条第1項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、他の方法によつてはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるときは、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、集会の決議に基づき、訴えをもつて、当該行為に係る区分所有者の区分所有権及び敷地利用権の競売を請求することができる。 ○上記の通り、マンショの方59条に基づく競売は、 ①区分所有者の共同利益に反する行為によって区分所有者の共同生活上の 障害が著しいこと、 ②他の方法では共同生活の維持が困難であること の要件が必要で、管理組合は競売申立する場合、先ず「競売を申し立てることができる」との裁判所の許可を求める訴えを提起しなければなりません。 ○どの程度の金額まで滞納管理費額が大きくなれば上記要件を満たすかですが、マンションの管理組合である原告が、マンションの管理費等を滞納し約170万円に達した被告に対し、建物区分所有法59条に基づき、被告の有するマンションの区分所有権等の競売許可の請求しました。 ○これに対し、長期間にわたる管理費の滞納を謝罪し、経済状況が好転したことから本件管理費等の分割弁済による和解を希望する被告の態度からすれば、和解の中で本件管理費等を回収する途を模索することも考えられるから、原告には、競売申立て以外に本件管理費等を回収する途がないことが明らかとはいえないというべきであり、同法59条1項所定の要件を充足すると認めることはできないとして、請求を棄却した平成18年6月27日東京地裁判決(判時1961号65頁)関連部分を紹介します。 ************************************************ 主 文 一 原告の請求を棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 事 実 第一 当事者の求めた裁判 一 請求の趣旨 (1)原告は、被告の有する別紙物件目録記載の区分所有権及び敷地利用権について競売を申し立てることができる。 (2)訴訟費用は被告の負担とする。 二 請求の趣旨に対する答弁 主文同旨 第二 当事者の主張 一 請求原因 (1)原告は区分所有建物である別紙物件目録における一棟の建物の表示欄記載の建物(以下「AR」という。)の区分所有者が建物並びにその敷地及び付属施設の管理を行うための団体として「建物の区分所有等に関する法律」(以下「建物区分所有法」という。)によって設立された管理組合である。 (2)被告は、別紙物件目録記載の区分所有権及び敷地利用権(以下「本件区分所有権等」という。)を有するAR109号室の区分所有者である。 (3)被告は平成12年11月分から、管理費、修繕積立金、専用庭使用料及び駐車場利用料(以下、これらを併せて「本件管理費等」という。)を滞納した。 (4)被告はその後も本件管理費等を滞納し続けたので、原告は東京簡易裁判所に対し、平成12年11月分から平成15年4月分までの本件管理費等の滞納分として金105万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて、支払督促の申立てをし(平成15年(ロ)第54225号)、平成15年5月6日、同裁判所よりこれを容認する支払督促が発せられた。この支払督促正本は、同年8月26日に被告に送達されたが、法定期間内に被告は異議の申立てをしなかったため、原告の申立てにより仮執行宣言が発せられ、この仮執行宣言付支払督促(以下「本件支払督促」という。)は確定した。 (5)被告は更にその後も滞納している本件管理費等を支払わず、現在でも、AR109号室を占有使用している。そして、本件管理費等の滞納額は下記のとおり、平成18年1月末日現在で、金169万5000円に達している。 (中略) 理 由 一 請求原因(1)ないし(4)及び(6)の各事実は当事者間に争いがなく、これらの事実に(証拠省略)を総合すれば、次の各事実が認められる。 (1)被告は平成12年11月分から本件管理費等の滞納をしており、その滞納額は、平成18年1月末日現在で、合計169万5000円に達している。また、原告は被告に対し、平成15年に支払督促の申立てをし、これを認容する支払督促が発せられたが、これに対して被告は異議の申立てをしなかったため、仮執行宣言が発せられ、本件支払督促が確定した。 (2)そして、原告は、本件支払督促に基づき被告の銀行預金口座がある第三債務者株式会社三井住友銀行葛西支店の預金に対する債権差押命令を申し立て、平成15年11月21日に差押命令を取得したが、預金残高が0円であったため、本件管理費等を回収できなかった。 (3)また、本件区分所有権等には、被告を債務者として住宅金融公庫とさくら信用保証株式会社を権利者とする抵当権(債権額合計金1710万円)及び東日本総合信用株式会社を権利者とする根抵当権(債権総額1320万円)が設定されており、原告が強制競売を申し立てても、同手続は無剰余により取消しとなることが見込まれる状態である。そこで、原告は、上記抵当権者に対し、被告が抵当権者に対する借入金の返済を遅滞し期限の利益を喪失している場合には、抵当権を実行するよう催告したが、結局、抵当権者からは競売の申立てはなされなかった。 (4)さらに、被告を除くARの区分所有者は、規約の定めに従い、平成18年2月5日の臨時総会において、区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数をもって、被告の有する本件区分所有権等について競売を請求することを決議した。これに先立ち、原告が被告に対し、通常の総会開催通知のほか、内容証明による通知も行ったが、被告は総会に出席することもなく、何らの弁明も行わなかったために、原告は本件訴訟を提起するに至った。 二 以上の認定事実によれば、請求原因(5)及び(7)ないし(9)並びに(11)の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。 また、弁論の全趣旨によれば、被告は、本件訴訟において、これまでは経済的に厳しい状況であったので、長期にわたり管理費等を滞納してしまったが、状況がやや好転したことから、今後は分割弁済によりこれまでの滞納した管理費等を支払いたいので、和解を希望する旨述べたところ、原告はこれに応じなかった。 三 次に、上記認定事実を前提に、被告について、建物区分所有法6条1項所定の、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為(以下「共同利益背反行為」という。)があり、これによって同法59条1項所定の、共同生活上の著しい障害が生じ、他の方法によってはその障害を除去して共用部分の利用の確保及びその他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるといえるか否か(請求原因(10))について検討する。 (1)まず、被告の行為が、同法六条1項所定の共同利益背反行為に当たるかについて判断するに、上記認定事実によれば、被告は本件管理費等を滞納しており、その額は約170万円と多額であり、かつ平成12年11月分から少なくとも平成18年1月末までの約5年半という長期にわたり滞納を継続している上、この間、原告からなされた支払請求に対し被告は全く応じていない。 マンション等の共同住宅では、通常、自己の居室だけではなく、他の区分所有者と共同使用する設備や施設等が存在し、かかる共同使用施設等を維持管理していくことは区分所有者の共同の利益のために必要不可欠である。管理費等は、その維持管理のために必要となるものであり、その負担は、区分所有者の最低限の義務であるということができる。 したがって、一部の区分所有者が管理費等の支払をしない場合、その区分所有者は他の区分所有者の負担で共同使用施設等を利用することになる。このような事態は他の区分所有者の迷惑となることは明白であり、区分所有者の間で不公平感が生じ、管理費等の支払を拒む者が他にも現れることが予測され、最終的には、マンション等共同住宅全体の維持管理が困難となるものと考えられる。 このような観点からすれば、長期かつ多額の管理費等の滞納は、同法6条1項所定の共同利益背反行為に当たるということができ、被告の上記認定の滞納はこれに該当するものと認められる。そして、被告も認めるとおり、これによって、同法59条1項所定の、共同生活上の著しい障害が生じているといえる。 (2)そこで、次に、同法59条1項所定の、共同生活上の著しい障害が生じ、他の方法によってはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるといえるか否かについて検討する。 まず、本件管理費等の滞納が「障害」に当たる場合、これを「除去」するためには、滞納した管理費等を回収することが必要となる。そして、「他の方法によってはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるとき」との要件については、同法59条が行為者の区分所有権を剥奪し、区分所有関係から終局的に排除するものであることからすれば、上記要件に該当するか否かについては厳格に解すべきであり,滞納した管理費等の回収は、本来は同法7条の先取特権の行使によるべきであって、同法59条1項の上記要件を満たすためには、同法7条における先取特権の実行やその他被告の財産に対する強制執行によっても滞納管理費等の回収を図ることができず、もはや同条の競売による以外に回収の途がないことが明らかな場合に限るものと解するのが相当である。 上記一認定の事実によると、原告は被告に対して本件管理費等の支払を求めたが被告はこれに応じず、また、原告は本件支払督促に基づき債権差押命令を得たものの、差押債権である預金債権の残高がなかったため奏功せず、さらに、先取特権の実行ないし本件区分所有権等に対する強制執行は、元本合計約3000万円の抵当権及び根抵当権の存在により無剰余により取消しとなることが見込まれる状態であるといえる。 しかしながら、被告に対する債権回収の方策として、預金債権以外の債権執行の余地がないかについては明らかとはいえず、未だ本来の債権回収の方途が尽きたとまでは認められない。さらに、被告は、本件訴訟の第2回口頭弁論期日に出頭し、陳述した準備書面において、長期間にわたる管理費の滞納を謝罪するとともに、経済状況が好転したことから本件管理費等の分割弁済による和解を希望する旨の態度を示しているのであって、このような被告の態度からすれば、原告が和解案として、まず被告に対して分割弁済の実績を示すことを要求するなどして、和解の中で本件管理費等を回収する途を模索することも考えられるところ、原告は被告の和解の希望を拒否して、同法59条1項による競売の途を選んだといえる。 このような状況からすれば、本件において、原告には、同法59条1項による競売申立て以外に本件管理費等を回収する途がないことが明らかとはいえないというべきであり、同条項所定の上記要件を充足すると認めることはできない。 したがって、原告の主張は採用することができない。 四 以上によれば、原告の請求には理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。 (裁判官 荒井勉) 別紙 物件目録(省略) 以上:4,997文字
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