平成18年10月20日(金):初稿 |
○配偶者A・Bの一方と性的関係を持ったCの責任について「不貞の相手方の他方配偶者に対する責任概観」で平成8年の最高裁判例と平成15年東京地裁判決を紹介して、軽減される傾向にあることを説明しましたが、最近の学説例を紹介します。 ○ところで妻と関係する男性は間男と呼ばれて、広辞苑第五版によれば、「ま‐おとこ【間男・密男】①夫のある女が他の男と密通すること。また、その男。密夫。情夫。みそかお。②情夫を持つこと。男女が私通すること。」と説明されています。しかし夫と関係する女性についての間男に対比する呼び名を何というのでしょうか。 ○この間男・間女?の責任について、比較的古い時期の学説には、「今日まだまだ、婚姻の安定のため不貞行為の相手方を婚姻破壊の共同不法行為者として法的責任を負わせるべきとするのが支配的モラルである」と肯定するするものがありますが、最近の学説は、否定説の方が強くなっているようです。 ○否定説には次のようなものがあります。学説名は私が勝手につけたもので不正確です。 ・責任配偶者限定説 不貞による婚姻破綻は直接的には配偶者の意思決定によるものであり、それを不法行為と評価できるのは夫婦間のみである。 ・男女関係自由市場説 任意の肉体関係は男女関係の自由市場における競争の一結果にすぎず、既婚者といえどもこの市場原理が働くもので、この原理が働いて配偶関係が壊れた場合の責任は貞操義務違反者にある。配偶関係の醜い争いに裁判所が手を貸すのはむしろ非道徳的である。 ・人格自由独立説 守操請求権侵害を根拠に間男・間女?に慰謝料請求を認めることは、結婚した男女の心身の自由・人格の独立性を否定するものであり議論として妥当でない。 ○家庭学校論・夫婦関係戦場論を唱える私自身の考えも否定説ですが、その理由は上記3説全てが含まれていました。しかし、「任意の肉体関係は男女関係の自由市場における競争の一結果にすぎない。」との表現は、確かに現実はこのとおりですが、このように露骨に表現されると反発も大きいように思えます。 ○男女関係は、感情の発露による部分が大きく、この感情は圧力では動かないという現実をシッカリと認識させるという意味で、「配偶関係の醜い争いに裁判所が手を貸すのはむしろ非道徳的である。」と言う表現には魅力を感じました。 以上:952文字
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