平成30年11月24日(土):初稿 |
○以下の弁護士ドットコムニュースの判例公刊を待っていたところ、消費者法ニュース116号315頁に掲載されました。結構、長文ですので、2回に分けて紹介します。 ********************************************* 鍵穴ふさいで家賃滞納の住民「追い出し」、家財道具処分…大家に慰謝料支払い命令 弁護士ドットコム 2018年3月23日 9時55分 家賃滞納を理由に賃貸人である大家に鍵穴を加工され、物件から追い出されたとして、住民の夫婦(ともに56歳)が大家を相手取り損害賠償を請求していた裁判は3月22日、東京地裁で判決があった。夫婦の主張をほぼ認め、大家が慰謝料など約180万円を夫婦に支払うよう言い渡した。 判決などによると、2013年5月ー7月の3か月間に家賃が滞納されたため、大家は同年8月1日、玄関の鍵穴部分をすっぽり覆う金属製のカバーを取り付け、原告夫婦は一方的に締め出された。その後、ホームレス状態となりネットカフェなどでの暮らしを余儀なくされ、新たな住居が見つかったのは2014年春になってからだった。 判決は、夫婦を部屋から追い出した後におこなった家財道具の処分により、家族の写真やビデオ、受け取った手紙など思い出の品々がすべて失われたと指摘し、夫婦が「喪失感を味わったことによる精神的苦痛」に対する慰謝料を認めた。失った家財道具一式についても、所有権が明らかでない部分があるとはいえ、財産的損害が皆無とはいえないと判断した。 また、被告である大家は、明け渡す約束とされた日までの家賃支払いを求めたが、鍵穴部分にカバーを取り付けるなどの行為により、賃貸借契約に基づき物件を使用させる義務を履行していなかったとして、判決は実際に滞納した3か月分のみを支払うよう夫婦に命じた。 ******************************************* 主 文 1 被告(反訴原告)は、原告X1(反訴被告)に対し、88万円及びこれに対する平成25年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告(反訴原告)は、原告X2に対し、88万円及びこれに対する平成25年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告X1(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、27万円及びこれに対する平成25年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告X1(反訴被告)及び原告X2のその余の本訴請求並びに被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告X1(反訴被告)に生じた費用の5分の3及び被告(反訴原告)に生じた費用の10分の3を原告X1(反訴被告)の負担とし、原告X2に生じた費用の5分の3及び被告(反訴原告)に生じた費用の5分の1を原告X2の負担とし、原告X1(反訴被告)に生じたその余の費用、原告X2に生じたその余の費用及び被告(反訴原告)に生じたその余の費用を被告(反訴原告)の負担とする。 6 この判決は、1項ないし3項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求(略) 第2 事案の概要(略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。 (1)本件賃貸借契約締結に翌る経緯及び原告らの本件物件での生活等原告X1は、平成24年5月頃、かねてから金銭を借り入れていたAから本件物件を紹介され、入居を勧められたことがきっかけで、被告との間で本件賃貸借契約を締結するに至り、その後、原告らは本件物件で一緒に生活していた。 被告X1が賃料等を滞納していたことについては前記前提事実(3)のとおりであるところ、被告は、平成24年12月、アーバン不動産に依頼して、「契約解除・明渡し通知書」と題する書面(要旨、〔1〕原告X1は、同月末日までに、滞納している同年11月分及び12月分の賃料等と平成25年1月分の賃料等の合計27万円を支払うこと、〔2〕原告X1は、同月15日までに本件物件を明け渡すこと、〔3〕ただし、原告X1は、上記〔3〕の支払を期限までに完了した場合は本件物件への入居を継続することができることを内容とするもの。)を作成し、Aに対し、原告X1の同意を得るよう求めた。これを受けて、Aは、電話で原告X1を呼び出し、原告X1は、Aの車中で上記「契約解除・明渡し通知書」に署名と拇印をした。 (2)被告による本件取付行為等 ア 被告代表者は、平成25年8月1日、原告らが外出中に、本件物件の玄関扉の鍵穴部分をすっぽり覆う円形の金属製カバー(以下「本件カバー」という。)を取り付けた(本件取付行為)。原告らは、帰宅したところ、玄関扉の縦穴部分が本件カバーに覆われていたため、玄開扉を開錠するこどができず、本件物件に入れなかった。 本件物件から締め出された原告らは、著しく気が動転し、その日の寝る場所を確保することしか考えられない心境となってしまったため、本件カバーを写真撮影するなどの証拠保全の手段を講ずるという発想には至らなかった。同月26日、原告X1がA及び被告代表者にそれぞれ電話をして本件カバーについて尋ねたところ、A及び被告代表者は、それぞれ、被告代表者において鍵をかけた、滞納家賃を支払えば鍵を開けるという趣旨のことを告げた。 このように、原告らはホームレスの状態となってしまったが、下着等の衣類を新たに購入するなどしつつ生活の立て直しに努め、タクシー運転手として稼働していた原告X1は、日々の売上金からの前借り制度を利用して日銭を得ながら、サウナやネットカフェ等で寝泊まりし、原告X2は、原告X1から当面の生活資金を受け取りながら、かつて両親が居住していた東京都○○区内の居宅兼店舗(理髪店)や同区内の娘宅で生活していた。原告X1は、上記のとおり何とか立て直した生活を維持することで精一杯であったものの、その中で時間を見つけて、警視庁葛西警察署や同小松川警察署に相談に赴いたり、警視庁に電話で相談を持ちかけたりしたが、いずれからも有益な助言を受けることができなかった。 イ 被告代表者は、平成25年8月中に、原告X1の携帯電話に電話をかけ、同月26日に本件ビルの1階の事務所(以下「1階事務所」という。)に来るよう指示した。1階事務所は、被告代表者の友人であるBが代表取締役を務め、被告代表者自身も取締役を務める(株)東京土地建物不動産販売(同月20日設立)の本店所在地であった。原告X1が同月26日に1階事務所に赴くと、被告代表者は、原告X1に対して本件合意書の書式を示しながら、同書面に署名押印したら本件物件に入れるようにする旨述べ、本件合意書の取り交わしを迫った。 原告X1は、本件物件に入るためにとにかく本件カバーを外してもらいたかったので、これに応じることにした。なお、被告代表者が示した上記書式における明渡期限は5日後の同月31日とされていたため、転居先も家財道具の保管場所も決まっていなかった原告X1は、被告代表者に対し、同期限を日延べしてほしいと懇願したが、被告代表者は10日間の延長にしか応じず、原告X1としては、その程度の日数で転居先が決まるとは思えなかったが、本件物件に入りたい一心でこれを受け入れ、その旨変更した後の書面(本件合意書)に署名押印した。原告X1がこの署名押印をした場面には、アーバン不動産のAも同席していた。 ウ 被告代表者は、原告X1が本件合意書に署名押印した直後に、本件物件の玄関扉から本件カバーを取り外したが、原告X1は、屈辱感と憤りの感情を覚えたことから、その時点では本件物件に入らなかった。原告らは、同日の夜になってから本件物件に入ったが、室内は侵入者に荒らされたように荷物が散乱しており、薄型テレビ、ブランド物のバッグや財布、銀行の預金通帳等がなくなっていた。それらは、被告代表者又はA若しくは被告の従業員が持ち出したものであった。冷蔵庫や衣類等は残っており、原告らは、衣類と印鑑等の当面必要な物を持ち出し、その後も何回か本件物件から衣類等の生活必需品を持ち出した。 エ 原告X1は、平成25年9月5日午後7時02分、Aに対し、「すいません。住む所や荷物の処分に四苦八苦してますもう少し待って下さい。必ず返済しますので宜しくお願」(原文のまま)というショートメールを送信した(証拠、略)。 オ Aは、平成25年9月10日午後11時42分、原告X1の携帯電話に「家のほうはかたずきましたか? 明日業者を頼んでかたずけるんですけど、あいじょうぶですか?」(原文のまま)というショートメールを送信した(証拠、略)。 カ 原告X1は、平成25年9月12日に本件物件に入った。すると、同年8月26日の時点では前記ウのとおり散乱しながらも存在していた家財道具(原告ら家族の写真やビデオ、受け取った手紙や葉書等の思い出の品々も含まれる。)がすべてなくなっていた。それより前に、被告代表者、A又は被告従業員においてそれらの家財道具を本件物件から撤去し、処分したこと(本件撤去・処分行為)によるものであった。 (3)本件取付行為及び本件撤去・処分行為の後の交渉 ア 原告X1は、前記(2)カのとおり平成25年9月12日に家財道具一式がなくなっているのを確認した後、それまでの顛末について江戸川区役所に相談したところ、C弁護士(原告ら訴訟代理人。本件本訴提起前に原告X1の代理人として行動した場合につき、以下「C弁護士」という。)が所属する代々木総合法律事務所を紹介され、C弁護士に相談することとなった。 イ 原告X1の委任を受けたC弁護士は、被告に対し、平成25年11月29日付け内容証明郵便を送付し、被告による本件取付行為及び本件撤去・処分行為を指摘した上で、〔1〕原告X1の家財道具一式を返還すること、〔2〕仮にそれができない場合は同家財道具一式に相当する金額の金銭賠償をすること、〔3〕相当額の慰謝料の支払うことを求めた(証拠、略)。 ウ 被告代表者は、C弁護士に対し、平成25年12月7日付けの書面を送付し、「甚だ見解の相違がございます」、「弊社は追い出し行為そのものなどは致しておりません」として本件取付行為を否定した上で、原告X1の希望に合わせて本件合意書を取り交わしたこと、本件合意書による明渡期限である平成25年9月19日に本件物件を訪ねてみると、「玄開扉が施錠されておらず、部屋の中は冷蔵庫が倒れ飛散し、無数の段ボールが散乱して」いたので、足下が危険と判断してそれらを片付けたこと、本件物件は現在も原告X1のために保存していること、双方合意のもと正式な契約解除をしてもらえるならば相応の示談金を用意する意思があること等を主張した(証拠、略)。 エ C弁護士は、被告に対し、平成25年12月19日付け内容証明郵便を送付し、被告代表者が前記ウのとおり相応の示談会を用意する意思がある旨を表明したことを受けて、解決金として200万円を2週間以内に支払うことを求めた(証拠、略)。 オ 被告代表者は、C弁護士に封し、平成25年12月27日付けの書面を送付し、C弁護士からの前記エの要求は一方的なもので応じられない旨回答するとともに、同月までの賃料等のうち108万円が滞納となっているとして、原告X1において同滞納賃料等の支払及び謝罪、賃貸借契約解除の署名及び押印を行う意思があるならば、早期契約解除としての示談金80万円を用念する旨を主張した(証拠、略)。 カ C弁護士は、被告に対し、平成26年1月17日付け内容証明郵便を送付し、被告代表者が前記オのとおり提案した80万円という示談金額は低すぎるとして、再度、解決金として200万円を2週間以内に支払うことを求めた(証拠、略)。 キ 被告代表者は、C弁護士に対し、平成26年1月31日付け書面を送付し、前記オのとおり提示した示談会80万円は「概ね退去50万円、そしてそちら側の主張を尊重した上での30万円、慣例的な範囲内」であったが、C弁護士が前記カのとおりこれを拒否したことから、被告としてもその支払には応じない旨主張した(証拠、略)。 (4)Aと原告X1との間の別件訴訟 Aは、平成26年1月8日、原告X1に対して84万円の支払を求める貸金返還請求訴訟を東京簡易裁判所に提起し(同裁判所平成26年(ハ)第515号)、同裁判所は、審理の結果、Aの上記請求を一部認容する判決を言い渡した。 (5)本件ビルの所有権移転登記 本件ビルについては、平成29日11月21日、被告から合同会社ベイティスへの同日売買を原因とする所有権移転登記がされた。 (6)本件本訴及び本件反訴の各提起原告らは、平成28年7月22日、本件本訴を提起し、被告は、同年11月16日、本件反訴を提起した。 以上:5,264文字
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