令和 3年 6月28日(月):初稿 |
○「賃貸借契約原状回復請求権を財団債権と認めた地裁判決紹介」の続きで、大変古い判例ですが、建物所有目的の土地賃貸借契約が、賃借人の破産により、民法621条(平成16年改正により622条削除)の規定に基づいて解約されると主張された事案の上告審昭和48年10月30日最高裁判決(判時631号3頁)全文と上告理由書を紹介します。現在相談中の事案の参考になります。 ○建物所有目的の土地賃貸借契約が、賃借人の破産により、民法621条(平成16年改正により622条削除)の規定に基づいて解約されると主張された事案について、借地法の適用のある賃貸借契約の賃借人が破産宣告を受けた場合、この賃借人が賃借土地上に建物を所有しているときには、賃貸人が民法621条(同上)に基づき賃貸借契約の解約申入れをするためには、借地法4条1項ただし書き、同6条2項の正当事由が解約申入れの時から民法617条所定の期間満了に至るまで必要であり、なおかつ、破産宣告の日以降の賃料は、破産法47条7号の適用または類推適用により財団債権となると解すべきであると示して、賃借人らによる建物買取請求権行使を認めて引換給付を命じた原審判決を破棄し、差し戻しました。 ○借地法の適用のある賃貸借の賃貸人が賃借人の破産を理由としてする解約申入れをするには、正当事由が必要とされ、賃借人が破産しても賃貸借が解約されない場合、、破産宣告の日以後の賃料債権は、破産法47条7号の財団債権と解すべきとしましたが、解約後の破産管財人から賃貸人に対する建物買取請求権は否認しました。 **************************************** 主 文 原判決中、上告人敗訴部分を破棄し、右破棄部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。 理 由 上告代理人○○○○の上告理由について。 原審は、次の事実、すなわち、訴外池田勝之助は、昭和36年4月7日被上告人から本件土地(第一審判決第二目録の土地)を建物所有の目的で期間は昭和56年4月7日までの約定で賃借し、本件土地上に本件建物(同第一目録の建物)を所有していたが、昭和45年4月23日午前10時東京地方裁判所より破産宣告を受け、上告人が破産管財人に選任されたところ、被上告人は民法621条に基づき同年5月16日付書面で右賃貸借契約を解約する旨の意思表示をし、右書面がその頃上告人に到達したとの事実を適法に確定したうえ、借地法の適用をうける土地の賃貸借契約の賃借人が破産した場合であつても、賃借権を自由に譲渡しうる旨の特約のあるときは格別、原則として、民法621条の適用があり、賃貸人が同条によつて賃貸借契約の解約申入をするについては、借地法所定の正当事由の存在は必要でなく、破産管財人において賃借地上の建物の買取請求権を行使しうるにすぎない旨判断し、結局、上告人に対し被上告人から本件建物の買取代金181万2000円の支払を受けるのと引換に本件土地の明渡を命じ、被上告人の請求を一部認容している。 しかしながら、借地法の適用のある賃貸借契約の賃借人が破産宣告を受けた場合、この賃借人が賃借土地上に建物を所有しているときには、賃貸人が民法621条に基づき賃貸借契約の解約申入をするためには、借地法4条1項但書、6条2項の正当事由が解約申入の時から民法617条所定の期間満了に至るまで存続することを要し、この正当事由を欠くときは解約申入はその効力を生じないものと解すべきである。 そして、この正当事由の有無は、賃貸借契約の各当事者の自己使用の必要性のほか、破産宣告前の未払賃料の有無・その額、破産財団の賃料支払能力、開始された破産手続の推移、たとえば、和議または更正手続への移行・その成否の見込、賃貸人の立退料支払意思の有無・その額等の諸事情を考慮し、賃貸人に賃貸借関係の存続を要求することが酷な結果となるかどうかをも斟酌して、判断すべきである。その理由は、次のとおりである。 民法621条は、賃借人が破産宣告を受けた場合、賃貸人が賃貸借契約を解約しうる旨規定しているが、右は賃貸借契約一般についての規定であり、ある賃貸借契約について、賃貸人が、賃借人の破産という事実のみに基づき、解約権を行使しうると解すべきか、またはこれを行使するについて他の要件の具備が必要であると解すべきかは、当該賃貸借契約の当事者等の利害関係、当該賃貸借契約に関する他の法律の規制をも考慮して決すべきである。 しかして、借地法の適用をうける賃貸借契約の賃借人が破産宣告を受けたことそれ自体は、賃借人の債務不履行を構成するものでないことはいうまでもなく、賃借人の破産が直ちに土地の賃貸借における信頼関係を破壊するものということはできず、また、破産宣告の日以後の賃料は、賃借土地が破産財団のために利用されているのであるから、破産法47条7号の適用または類推適用により、財団債権となると解すべきであり、したがつて、賃借人が破産宣告を受けたのちに賃貸借関係を存続せしめても賃貸人に不利益を強いるものとはいえず、かえつて、賃借人が破産宣告を受けたことによつて賃貸人がそのことだけで賃貸借契約を解約しうるとすれば、賃借人の破産という偶然的事態によつて賃貸人が事実上利得することとなる反面、破産財団から借地権を逸出せしめ、借地上に営まれている賃借人の生活関係またはその継続企業を一挙に崩壊または解体することを余儀なくさせ、和議または更生手続による賃借人(破産者)の債権者の債権回収および賃借人の更生を不可能ならしめる等、賃借人およびその債権者に対し多大の損失を及ぼすこととなつて著しく不当な結果となることが、明らかである。 また、民法の施行後制定された借地法は、借地関係の存続を保障し、もつて借地上の建物を保護し、かつ、借地人の生活の安定をはかることを目的とし、借地関係の終了に正当事由を要求している。以上のことを考えると、借地法の適用のある賃貸借契約の賃借人が破産宣告を受けても、賃借人が賃借土地上に建物を所有しているかぎり、賃貸人が民法621条によつて解約申入をする場合には、借地法4条1項、6条2項に準じ、前記のように解するのが相当である。 しかるに、原判決は借地法の適用のある賃貸借契約についても賃借人が破産宣告を受けた場合、賃貸人が民法621条に基づき賃貸借契約の解約申入をするには、正当事由を要しない旨判断し、上告人に対し被上告人から本件建物の買取代金181万2000円の支払を受けるのと引換に本件土地を明け渡すべきことを命じているが、右は民法621条、借地法4条1項および6条2項の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法をおかしたものというべきで、論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。 そして、本件については、さらに叙上の点につき審理を尽くす必要があるので、民訴法407条に従い、これを原審に差し戻すのを相当と認め、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己) 上告代理人○○○○の上告理由 一、原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。 (一) 即ち、上告人(控訴人)は民法第621条は、土地の賃借人が破産した場合には適用がなく従つて被上告人(被控訴人)の訴外池田勝之助(以下池田という)に対する解約申入れは無効であると主張した。 然るに原判決はその理由第2項において「民法第621条は土地の賃借人が破産した場合にも適用があり、しかして土地の賃貸人が同条によつて賃貸借契約の解約の申入をするについては正当事由の存在を必要とせず、……。」と判断して、右上告人の主張を排斥した。然しながら、現在においては借地権は単なる使用権にとどまらず更地の7割で取引される財産的価値を有するものに変貌している。その実態をふまえて昭和41年の借地法の改正をもつて借地権の譲渡等を相当程度可能としたものでもある。 従つて人的信頼関係を強調して、借地関係に民法第621条を形式的に適用することは賃貸人に対して土地の完全価格という莫大且つ不当な利得を与える結果になつてしまう。 特に本件賃貸人たる被上告人は賃借人たる訴外池田勝之助に対して本件建物に抵当権を設定することおよび競売等により第三者が本件建物の所有権を取得したときは本件土地を同一の条件で賃貸することの承諾を与えたことがあつたのであり(原判決理由第2項の(2)被上告人と右池田との関係は人的要素を離れて純粋な経済的要素のみで結びつく関係と変化したと把えることができるからなおさら民法第621条の不合理さが目立つのである。 さらに又右のような借地権は現在では破産財団を構成する重要な財産として把えられ,従つて民法621条は単に破産という害悪を流した者が自ら招いた不利益というに止らず、多数の破産債権者をも害することになり、害悪が拡散されてしまうことになる。 これを避けるには、賃貸人が破産した場合、借地権は当然破産財団を構成する財産として破産財団(破産管財人)との間に賃貸借契約の継続を認めるべきである。 (二) ところで賃借人の破産により、賃貸人の蒙る不利益は賃料債権の確保が危ぶまれる点にあるが、賃料債権は賃貸借契約の申入れの有無を問わず財団債権として保護されると解すべきである。 原判決は右解約の申入をすることなく賃貸借契約をする場合には破産宣告後の賃料債権は財団債権として保護されないと解しその論拠としては破産法第47条第八号の反対解釈及び破産が一般的清算を本旨とする事をいうが如くである。(原判決理由第二項の(1)。しかしながら破産法は双務契約について破産者及びその相手方が破産宣告の当時に未履行の場合にはまず破産管財人においてこれを解除するか履行するかの選択権を与え(破産法59条1項)履行を選択した場合には相手方の請求権を財団債権として保護している(同法47条7号)。 従つて借地契約の場合には賃料債権が破産財団の重要な構成要素たる借地権の対価たる意義を有するという実質を考慮すると、管財人が履行を選択した場合は同法47条7号によつて賃料債権は財団債権として保護されると考えるべきではないかと思われる。 仮にそうでなく、同法47条8号が双務契約の原則を定めた同条7号に対する賃貸借契約全てについての例外規定だと解した場合にも、右8号を例外たらしめているのは民法621条が賃貸人に対しても解約するか履行するかの選択権を与えているとするからこそであるから前述の上告人主張の如く、土地の賃借人破産の場合には民法621条の適用がないとすれば、双務契約の原則に戻つて破産法59条1項、47条7号によつて破産宣告後の賃料債権は財団債権として保護されることになる。従つて賃貸人としても民法621条の排除によつて何等損害を被らないことになる。 にもかかわらず原判決は賃料債権が財団債権として保護されないから借地契約を賃貸人は解約できるのだと判示するが、これは論理が逆転しているといい得る。民法621条で解約権を認めるからこそ賃料債権が財団債権として保護されなくなるのである。 結局、民法621条の適用の有無ということと、破産宣告後の賃料債権が財団債権として保護されるか否かということとは同一平面上の相互に規制し合つた問題であつて、賃料債権が財団債権として保護されないから民法621条の適用を排除することができないと言うことは不当であると考えるものである。 以上の点を考慮すれば、土地の賃借人が破産した場合、民法621条は適用されないか、もしくは少くとも借地法の趣旨により正当事由を必要とすると解すべきであり、この点において原判決は法令の適用を誤りこれは判決に影響を及ぼすことは明かである。 以上:4,844文字
|