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高浜原発3・4号機再稼働差し止め福井地裁仮処分決定理由全文紹介2

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平成27年 4月22日(水):初稿
○「高浜原発:3・4号機再稼働差し止め福井地裁仮処分決定理由全文紹介1」の続きです。

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エ 基準地震動の信頼性について
 債務者は,高浜原発の周辺の活断層の調査結果に基づき活断層の状況等を勘案した場合の地震学の理論上導かれるガル数の最大数値が700であり,そもそも,700ガルを超える地震が到来することはまず考えられないと主張する。確かに,基準地震動は当該原発に到来することが想定できる最大の地震動とされ,これを基準として耐震設計もなされることになるから,基準地震動を適切に策定することが,原発の耐震安全性確保の基礎であり,基準地震動を超える地震はあってはならないはずである。そして,この基準地震動を導き出す計算は複雑であり,その分析は高度の専門的知識を要するものとなっている。

 しかし,この理論上の数値計算の正当性,正確性について論じるより,現に,下記のとおり(本件5例),全国で20箇所にも満たない原発のうち4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの間に到来しているという事実(前提事実(10))を重視すべきは当然である。

 記
① 平成17年8月16日
 宮城県沖地震
 女川原発
② 平成19年3月25日
 能登半島地震
 志賀原発
③ 平成19年7月16日
 新潟県中越沖地震
 柏崎刈羽原発
④ 平成23年3月11日
 東北地方太平洋沖地震
 福島第一原発
⑤ 平成23年3月11日
 東北地方太平洋沖地震
 女川原発

 債務者は,上記地震のうち3回(①,④,⑤)は高浜原発の敷地に影響を及ぼしうる地震とは地震発生のメカニズムが異なるプレート間地震によるものであること,①の地震において一部基準地震動を超えた要因は宮城県沖近海のプレート境界に発生する地震の地域的な特性によるものとも考えられることから,これらの原発と本件原発とを同列に論じることは地域差を無視することになるし,残り2回(②,③)の地震はプレート間地震ではないもののこの2つの地震を踏まえて高浜原発の地震想定がなされていることから,あるいは,①②③の地震想定は平成18年改正前の旧指針に基づくS1,S2基準による地震動であり,本件原発でとられているSs基準による地震動の想定と違うということを理由として,これらの地震想定の事例は本件原発の地震想定の不十分さを示す根拠とならないと主張している。

 しかし,いずれの原発においても,その時点において得ることができる限りの情報に基づき当時の最新の知見に基づく基準に従って地震動の想定がなされたはずであるにもかかわらず結論を誤ったものといえる。本件原発の地震想定が基本的には上記4つの原発におけるのと同様,過去における地震の記録と周辺の活断層の調査分析という手法に基づきなされ,活断層の評価方法にも大きな違いがないにもかかわらず,債務者の本件原発の地震想定だけが信頼に値するという根拠は見い出せない。

 また,(1)において摘示したように,原子力規制委員会においては,別紙4の16個の地震を参考にして今後起こるであろう震源を特定せず策定する地震動の規模を推定しようとしているが,債務者においては,これらの地震のうち,前記岩手・宮城内陸地震については軟岩や火山岩,堆積層が厚く分布する地域で発生した地震であって活断層を発見しづらくなるという地域的特性があるが高浜原発にはかような地域的特性がないという理由で考慮のほかに置いている。16個の地震のうち最も大きな地震をこのような理由で考慮しないまま,本件原発に今後起こるであろう地震動を想定したことは恣意的であり,少なくとも客観性に乏しいものといわざるを得ないのであって,この点においても本件原発の基準地震動の信頼性は薄い。

 加えて,次の事情も本件原発の基準地震動の信頼性を失わせるものである。すなわち,活断層の状況から地震動の強さを推定する方式の提言者であるA教授は,新聞記者の取材に応じて,「基準地震動は計算で出た一番大きな揺れの値のように思われることがあるが,そうではない。」「私は科学的な式を使って計算方法を提案してきたが,平均からずれた地震はいくらでもあり,観測そのものが間違っていることもある。」と答えている。確かに,証拠によれば,本件原発においても地震の平均像を基礎としてそれに修正を加えることで基準地震動を導き出していることが認められる。万一の事故に備えなければならない原子力発電所の基準地震動を地震の平均像を基に策定することに合理性は見い出し難いから,基準地震動はその実績のみならず理論面でも信頼性を失っていることになる。

オ 安全余裕について
 債務者は本件5例の地震によって原発の安全上重要な施設に損傷が生じなかったことを前提に,原発の施設には安全余裕ないし安全裕度があり,たとえ基準地震動を超える地震が到来しても直ちに安全上重要な施設の損傷(機能喪失)の危険性が生じることはないと主張している。そして,安全裕度の意義については対象設備が基準地震動の何倍の地震動まで機能を維持し得るかを示す数値であるとしている。

 柏崎刈羽原発に生じた3000箇所にも及ぶ損傷がすべて安全上重要な施設の損傷ではなかったといえるのか,福島第一原発においては地震による損傷の有無が確定されていないのではないかという疑いがあり,そもそも債務者の主張する前提事実自体が立証されていない。この点をおくとしても,債務者のいう安全余裕の意味自体が明らかでない。証拠及び審尋の全趣旨によると,一般的に設備の設計に当たって,様々な構造物の材質のばらつき,溶接や保守管理の良否等の不確定要素が絡むから,求められるべき基準をぎりぎり満たすのではなく同基準値の何倍かの余裕を持たせた設計がなされることが認められる。このように設計した場合でも,基準を超えれば設備の安全は確保できない。この基準を超える負荷がかかっても設備が損傷しないことも当然あるが,それは単に上記の不確定要素が比較的安定していたことを意味するにすぎないのであって,安全が確保されていたからではない。以上のような一般的な設計思想と異なる特有の設計思想や設計の実務が原発の設計においては存在すること,原子力規制委員会において債務者のいうところの安全余裕を基準とした審査がなされることのいずれについてもこれを認めるに足りる証拠はない。

 したがって,たとえ,過去において,原発施設が基準地震動を超える地震に耐えられたという事実が認められたとしても,同事実は,今後,基準地震動を超える地震が高浜原発に到来しても施設が損傷しないということをなんら根拠づけるものではない。

カ 中央防災会議における指摘
 平成14年6月12日に開かれた中央防災会議,「東南海,南海地震に関する専門調査会」において,「地表に現われた地震断層は活断層に区分されるものもあるが,M(マグニチュード)7.3以下の地震は,必ずしも既知の活断層で発生した地震であるとは限らないことがわかる。したがって,内陸部で発生する被害地震のうち,M7.3以下の地震は,活断層が地表に見られていない潜在的な断層によるものも少なくないことから,どこでもこのような規模の被害地震が発生する可能性があると考えられる。」との指摘がなされた(同指摘がなされていることは争いがない。)。また,平成20年12月に中央防災会議の専門調査会が取りまとめた報告においては,活断層が地表で認められない地震規模の上限についてM6.9を想定するとされた。証拠によれば,マグニチュード7.3ではもちろん6.9以下の地震であっても700ガルをはるかに超える地震動をもたらすことがあると認められる。

(3) 基準地震動である700ガルに至らない地震について
ア 施設損壊の危険

 700ガルに至らない地震が本件原発に到来することは具体的な危険であることは債務者もこれを否定できないはずである。ところが,審尋の全趣旨によると,本件原発の運転開始時の基準地震動(S2)は370ガルであったところ,安全余裕があるとの理由で根本的な耐震補強工事がなされることがないまま,550ガル(Ss)に引き上げられ,更に新規制基準の実施を機に700ガル(Ss)にまで引き上げられたことが認められる(債務者の主張書面(5)によれば,第1の引き上げに伴う工事も第2の引き上げに伴う工事も格納容器及び圧力容器を含む躯体部分は対象となっておらず,配管についてもその厚みを増すなどの工事ではなく,配管の支えを補強するなどの工事にとどまっている。)。

 かような手法は実際上は安全余裕を吐き出しているだけであるにもかかわらず債務者は耐震安全性が高まったかのような言動をとっているとして,債権者らはこれを詐欺に等しいと評している。確かに,既に摘示したように安全余裕は構造物の安全性を脅かす不確定要素の程度を意味するのであり,安全性の高さを示す概念ではないから,構造物の完成後において安全余裕の存在を理由として基準が引き上げられるようなことはあってはならないはずである。たとえば,エレベーターや貨物自動車の重量制限が安全余裕があるという理由で後に引き上げられるようなことは社会的に許容できることではない。以前の基準地震動370ガルとクリフエッジ973.5ガルを比較すると本件原発の設備には耐震性に関しても相応の余裕があったといえる。

 これが,2度にわたる基準地震動の引き上げの結果,まさに安全余裕を吐き出す形でクリフエッジ973.5ガルは基準地震動700ガルの1.5倍にも満たないことになった。債務者は本件原発は多重防護をはじめとする安全設計思想に立ち高度の安全性が確保されていると主張しているが,原発の耐震安全性確保の基礎となるべき基準地震動の数値だけを引き上げるという措置は債務者のいう安全設計思想と相容れないものと思われる。

 そうすると,基準地震動である700ガルを下回る地震によっても施設が損壊する具体的危険性があるといえるし,少なくとも,基準地震動である700ガルを下回る地震によって外部電源が断たれ,かつ主給水ポンプが破損し主給水が断たれるおそれがあることは債務者においてこれを自認しているところである。

イ 施設損壊の影響
 外部電源は緊急停止後の冷却機能を保持するための第1の砦であり,外部電源が断たれれば非常用ディーゼル発電機に頼らざるを得なくなる。福島原発事故においても外部電源が健全であれば非常用ディーゼル発電機の津波による被害が事故に直結することはなかったと考えられる。主給水は冷却機能維持のための命綱であり,これが断たれた場合には補助給水設備に頼らざるを得ない。前記のとおり,原子炉の冷却機能は電気によって水を循環させることによって維持されるのであって,電気と水のいずれかが一定時間断たれれば大事故になるのは必然である。原子炉の緊急停止の際,この冷却機能の主たる役割を担うべき外部電源と主給水の双方がともに700ガルを下回る地震によっても同時に失われるおそれがある。そして,その場合には(2)で摘示したように実際にはとるのが困難であろう限られた手段が効を奏さない限り大事故となる。

ウ 補助給水設備の限界
 このことを,上記の補助給水設備についてみると次の点が指摘できる。証拠によれば,緊急停止後において非常用ディーゼル発電機が正常に機能し,補助給水設備による蒸気発生器への給水が行われたとしても,①主蒸気逃がし弁による熱放出,②充てん系によるほう酸の添加,③余熱除去系による冷却のうち,いずれか一つに失敗しただけで,補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の事態に進展することが認められるのであって,補助給水設備の実効性は不安定なものといわざるを得ない。また上記証拠によれば,上記事態の回避措置として,下記のとおり,(ア)のイベントツリーは用意され,更に(ア)のイベントツリーにおける措置に失敗した場合の(イ)のイベントツリーも用意されてはいるが,各手順のいずれか一つに失敗しただけでも,加速度的に深刻な事態に進展し,未経験の手作業による手順が増えていき,不確実性も増していく。

 記
(ア) イベントツリー
a 手法
①高圧注入ポンプの起動,②加圧器逃がし弁の開放,③格納容器スプレイポンプの起動を中央制御室からの手動操作により行い,燃料取替用水ピットのほう酸水を注入し,1次系の冷却を行う。注入の後,再循環切り替えを行い,④高圧注入及び格納容器スプレイによる継続した1次系冷却を行う。

b aが成功した場合の効果
 この状態では未臨界性が確保された上で海水を最終ヒートシンクとした安定,継続的な冷却が行われており,燃料の重大な損傷に至る事態は回避される。

c aが失敗した場合の効果
 ①高圧注入による原子炉への給水,②加圧器逃がし弁による熱放出,③格納容器スプレイによる格納容器徐熱,④高圧注入による炉心冷却及び原子炉格納容器スプレイによる再循環格納容器の冷却のうち,いずれか一つに失敗すると,非常用所内電源からの給電ができないのと同様の非常事態(緊急安全対策シナリオ)に進展する。

(イ) イベントツリー((ア)cの場合の収束シナリオ・緊急安全対策シナリオ)
a 手法
①タービン動補助給水ポンプによる蒸気発生器への給水が行われ,②現場での手動作業により主蒸気逃がし弁を開放し,2次系による冷却が行われる。③蓄圧タンクのほう酸水を注入し,未臨界性を確認し,④蓄電池の枯渇までに空冷式非常用発電装置による給電を行うとともに,蓄圧タンク出口隔離弁を中央制御室からの手動操作により閉止する。また,復水ピット枯渇までに海水の復水ピットへの補給を行うことにより,2次系冷却を継続する。

b aが成功した場合の効果
 この状態では未臨界性が確保された上で海水を水源とした安定,継続的な2次系冷却が行われており,燃料の重大な損傷に至る事態は回避される。

c aが失敗した場合の効果
 ①タービン動補助給水ポンプによる蒸気発生器への給水,②現場での手動作業による主蒸気逃がし弁の開放,③蓄圧タンクのほう酸水の注入,④空冷式非常用発電装置による給電のうち,いずれか一つに失敗すると,炉心損傷に至る。

エ 債務者が主張するイベントツリーの構造について
 安全性が強く求められる場面で本来策定されるべきイベントツリーは,事故を招くおそれのある事象についての対策に失敗した場合の予備的対策が用意され,この予備的対策に失敗した場合においても対策が更に用意されており,これらのいずれかの対策に成功した場合には事態が収束するという基本的な構造をもつものでなければならないはずである。この構造を図式化し,過酷事故をもたらすおそれのある事象を■,同事象に対する対策を□,同対策に成功した場合を○,対策に失敗した場合を×,事態の収束を◎で表すと第1図のようなものになる。

 第1図           第2図
 ■→□→○→◎       ■→□→○→□→○→□→○→◎
   ↓             ↓   ↓   ↓
   ×→□→○→◎       ×   ×   ×
     ↓
     ×→□→○→◎
       ↓
       ×

 ところが,債務者の提示するイベントツリーは,その多くが,上記補助給水設備の例でみたように,第2図のような基本的な構造となっている。
 小破断LOCAに対するイベントツリーも類似した構造であって,とられるべき対策のいずれか一つに失敗すると炉心損傷に至るか少なくとも危機的な状況(債務者がいうところの緊急安全対策シナリオ等)に陥ることになる。そして,2次冷却系の破断の場合においてはとられるべき8つの対策のすべてに成功しないと収束には至らず,そのいずれか一つに失敗するだけでたちどころに炉心損傷に至る。たとえ第1図のようなイベントツリーにおいても事態の把握の困難性や時間的な制約のなかでその実現に困難を伴うことは(2)において摘示したとおりであるが,債務者が主張するイベントツリーの構造のもとにおいて,しかも複数のイベントツリーを同時に進行させなければならないことも想定できるなかで,事態を収束させることは更に困難であるといえる。

オ 債務者の主張について
 債務者は,主給水ポンプは安全上重要な設備ではないから基準地震動に対する耐震安全性の確認は行われていないと主張するが,主給水ポンプは別紙2の下図に表示されているものであり,その役割は主給水の供給にあり,主給水によって冷却機能を維持するのが原子炉の本来の姿であって,そのことは債務者も認めているところである。安全確保の上で不可欠な役割を第1次的に担う設備はこれを安全上重要な設備であるとして,その役割にふさわしい耐震性を求めるのが健全な社会通念であると考えられる。このような設備を安全上重要な設備ではないとするのは理解に苦しむ主張であるといわざるを得ない。

 債務者は本件原発の安全設備は多重防護の考えに基づき安全性を確保する設計となっていると主張しているところ,原発の安全性を確保するためには多重防護の考えに立つことが不可欠であることに異論の余地はないところであろう。しかし,多重防護とは堅固な第1陣が突破されたとしてもなお第2陣,第3陣が控えているという備えの在り方を指すと解されるのであって,第1陣の備えが貧弱なため,いきなり背水の陣となるような備えの在り方は多重防護の意義からはずれるものと思われる。

カ 基準地震動の意味について
 日本語としての通常の用法に従えば,基準地震動というのはそれ以下の地震であれば,機能や安全が安定的に維持されるという意味に解される。基準地震動Ss未満の地震であっても重大な事故に直結する事態が生じ得るというのであれば,基準としての意味がなく,高浜原発に基準地震動である700ガル以上の地震が到来するのかしないのかという議論さえ意味の薄いものになる。
以上:7,386文字

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